-あれから-

「病なんですよ。治らないんです」
「風邪は治ってるっての。後、診療時間外。午後は二時からだ」
「い、いや、こう、胸が苦しいんですよ。ど、ドクターの顔見るとっ!」
「じゃあ見るな。つか、来るな」「いやっ、ですからねっ?」

「どくたー、つきゆびしたー」
「ああ、少年達。今は診療時間外でだな」
「見せてみ。変にいじってないだろな?」
「…ドクター、僕の時と態度違いませんか?」
「えーと湿布、湿布。ん、何か言った?」
「いえ…」

「なるほどね、細胞合成型の改造人間か」
「…色んな意味で気が昂ぶると変身しちゃうんです。
彼には改造人間だってことは秘密で…
その、付き合ってから五年お預け状態で」
「そりゃ辛いな」
「だけど、プロポーズされちゃって…怪人の細胞を取り除けませんか?」
「ここの設備じゃ無理だな」
「そんなあ…」

「…抗体を打てば若干の抑制にはなるか」
「じゃあ、それを」
「勧められないがな。無理に細胞の一部を黙らせるんだ」
「……」

「…その……あれが出来る、なら」
「? あれ?」
「あのー…ごにょごにょ…」
「あ、ああ、ああ。そ、そうだな。うん、出来ると思うぞ、うん」

「今はもう使われてないビルだ…人に危害は及ばないだろ?」
「デモンクラーケン、だな。
組織の幹部で唯一生死不明だったが……やはり生きていたか。
貴様達が今何を企んでいるかは知らんが」
「見逃してはくれない……か。
……一々髪留め付け直すの面倒なんだよ…」
「いくぞ…変身!!」

「……ふう、やれやれだ」
「一つ聞かせろい。
あんたら、人間の世界に紛れた改造人間を討ってるのか?
ただ人間として生きようとしている者も?」
「……俺達が討つのは人を襲う改造人間だけだ。
改造人間の誰もが悪じゃないことは知っている……。
だが貴様は元幹部だ。今も何を企んでいるかわからん」
「そうか。そうだろうね。まあ、安心したさ」

(――少なくともあいつらには手を出してないって事だな)






「だぁあッ!」
「……!!」
「……貴様、何故変身を解く!」
「…怪我人を相手にするほど落ちちゃない。
左腕が内部裂傷寸前、右膝も殆ど動いてない。視界も悪い。
触診の結果だ。何の為に戦ってるか知らんが無茶も良いとこだ。
戦いたいならまずそれらを治してからにしろ。
…ほれ。その名刺の住所にいる。それじゃ」
「待て。何故…攻撃、いや反撃すらしなかった」
「……もう人殺しは二度としたくない、それだけだ」
「俺は人じゃない! 改造人間――」
「確かに改造人間だ。…それでも人間だ。あんたも、あたしも、ね」



「…………氏上…診療所…」
「……なんだいこれ」
「おはなのたねー!
いつもみんなのおけがなおしてくれてるおれいー!」
「はあ、お花の種……なんの花?」
「あたしの育てたお花ー」
「……なんて名前?」
「うん、みやこー」
「いやそりゃあんたの名前でしょ…」

「あれ、どくたーおきゃくさんだよー」
「お、おお。ええと、お兄さん初診だよな?」
「…いや、一度触診を受けた」
「…………あ、そ。とりあえず、入りな。
みやちゃんは学校遅れるよ?」
「うん、ばいばいどくたー」

「…………やれやれだ」
「…治療を受けに来たってのか?」「診療所なんだろここは」
「あんた、あたしを敵視してたじゃんか」
「ああ。だが…お前はもう悪の科学者じゃない」
「……何で言い切れる」
「一度戦ってお前に殺気がないのが気に掛かった。
……そして、お前は人間と良くやっていた」
「……………演技かもよ?
治療するフリして、何か仕掛けるかもよ?」
「騙されることには慣れてる。
…………それでも、信じられるものは信じたい」
「こないだは突然仕掛けて来たくせに」



「……」
「よし、治療してやる。横になんな」
「終わったぞ」
「………妙な細工は無いようだな?」
「あのな。疑うならはじめっから……」
「冗談だ」「…あんた、なんで戦ってる?」
「悪を滅ぼすという使命を与えられたからだ」
「――悪を滅ぼす、ね。それを全うするまで戦うんだ?」
「ああ」
「なら手っ取り早い方法を教えてやる。人間を全員殺せ。
善悪なんてのは、元々人間が考え出したモンだ。
動植物に悪はいない。悪行ってな人間しか出来ないんだよ」
「………かもな、だが――」
「冗談だ」「………」


「どぉくたーっ!」
「げ……面倒なヤツが来る。服着ろ、服」
「? 何故だ」「良いから早く!」
「どぉくたーっ僕の下腹部が腫れて大変なことに………」
「…………」「…………」「…………」


「うぎゃァ――――――――――――!!
かっ下腹部がすげえ大変だァァーッ!!」
「……」
「あーうるせーうるせーもうお前ら帰れ」



-僕の仕事、私の仕事-

冷たい鉄の部屋、
閉ざされた鉄の扉に私は爪を立てる。

「開けて…出してぇえっ!!
ねぇ! 見てるんでしょお父さぁんッ!!
私人殺しの道具になんかなりたくない!!
私…私………人殺しなんか……!」

指先から血が滲む。訴えても声は返らない。

「……人殺しなんか……もうしたくないよぉ……
返してよ…出してよおお…………。
……ゆうちゃんに………逢わせてよお……」

「――――……。
………今更なんで…」

夢。改造されたばかりの頃。
監禁され、人を殺すことを強要され、
心を壊しかけていた時の夢。

「……でッ。なんでいるんだお前はッ」
「? 今日は休診日だったか?」
「そうじゃなくてどっから入った!」
「正面。無用心にも程があるな」
「仮面ライダー。名の通り、仮面の戦士。
中にはその身体自体を変身させる者もいる。
しかし、例えば始めから…
ライダーの姿でいる者、ヒトの姿が機械の
体を隠す変身だとしたら、それは
仮面ライダーなのだろうか。
それとも、機械だ、と言うべきなのか。

戦闘用人型ロボット、試作機。
BR−0M…」
「ドクター…遅くにごめんなさい…
ごめんなさい 私……
どうしても押さえ切れないんです
ドクターに頂いた薬でも
どうしても押さえ切れなくて……
頭の中で誰かが人を殺せ、殺せって…

このままじゃ彼を…
好きな人を殺しちゃう…

だから……もう…………私……

殺すことにしたんです……私を…
一番ふさわしい方法で……」
「うわあああっ! 怪人だぁっ!!」
「ハァ……ハァ……フーッ……
コナイ……マダ……ッ コナイ……

…………!!」

「……そこまでだ」
「キタ……ナ……ライダァッ……
ワタシト……タタカエ……タタカエ!!」
「遅かったな」
「……なんでだ?」
「なんで?」
「その娘はまだ人間だった。
怪人の細胞さえ抑えれば、それで済む」
「ああ、知っている。
だがそれが解決策になるか?」
「……! でも、だけど……!
あんた人間を守るんじゃなかったのか!?」
「ああ、だが救うことは出来ん」
「待てよ、話はまだッ……!」
「人を守る事が俺の仕事だ。
そして――人を救うのが、お前の仕事だ」
「……え?」

「う……ぁ…」

「!?
い、生きてる……のか? なんで」
「急いでくれ。まだ間に合うはずだ」
「BR−0M。
その右腕は、ナノマシンで構成されている。
これは自己修復用の為ではなく、
怪人細胞抗体生成用としてある。
細胞変異型の怪人の血液を戦闘中に
右腕より体内に採取。
数分で抗体を作り出し、再び右腕から
相手に打ち込むことで『人間を守る』。

しかしそれは、
警戒されることなどから
相手を傷つけず行為を起こすことは困難で、


幾度となく、守れるはずの右手で
命を奪ってきてしまった――」
「よう、ライダー」
「……どうだった」
「……。成功。
んで、お前の右手のおかげで
怪人細胞も抑えられたみたいだな。
もうあの娘は普通の人間ってわけだ」
「……そうか」
「……」
「……」
「あのさ……。 んー…助かった。
医者として…あいや、
あたし自身として、礼を言うよ」
「礼を言うのは俺の方だ。
お前がいなければ、
また救えなかったかもしれん」
「……はは。
あんたが笑ったところ、はじめて見た」
「……その言葉、そのまま返すぞ」

「……バロン。仮面ライダーバロン、か。

            ……ありがとね」

-さよなラヴ-

「紅葉は――綺麗だな」
「!?
 な、なななな
 なに言い出すんだおま―― え?」
「ああ、見事な紅葉だ。綺麗だ。
 ? どうした?」
「――!!」

「で、どんな怪人にやられたん?」
「景色を褒めたら
泣きながらアンモニアのビンを投げつけてくる」
「そりゃ怖いな」
「ああ、怖かった」
「あーい、次の方ーどうぞー」
「……」
「あーい、そこ腰掛けてくださーい」
「……」
「あーい、どうしましたー?」
「……

        もこ……か?」
「!? 

        ……ゆう、ちゃん……?」
好きだった人。
逢いたかった人。逢えなかった人。

約束した。あの日、「待ってる」と言われた。
私は待ち合わせの場所にいけなかった。
父親の手で、その日、
人じゃなくなっていたから。

「変わらないな」と言われた。
そりゃそうだ、私はもう人じゃない。

「メシでも食いに行こうか」と言われた。
なんだ、変わらないじゃない、笑顔……。

不意によぎった誰かの顔。誰だろう。
「……ってわけなんだ、けど」
「行けば良い」
「…。そっか、良いんだ」
「止める理由があるか?」
「…………そうだね。何言ってんだろね」
「……。
戻れる過去があるなら、戻れば良い」
「……あんたには、ないのか?
「あったかもしれないがな。
この体になる前の記憶は全部消えている」
「…………」
「……泣きすぎ!」
「うぶ、クフゥ、だって…ふふぅぁ」
「あーもーぜんっぜん変わってないじゃん!」
「ぐし…」

(ああそっか、やっぱしアイツ……
あの女泣かせに惚れたのは
似てたんだろなあ、なんとなく……)
「美味かったねー」
「おう、美味かったな」

「……一緒に暮らさないか?」
「――……」
「……覚えてるか、あの日言った言葉だ。
でも、お前……あの日から
行方不明になって、ずっと返事が
聴けなかった。
…………
だから、あの日の続き。
……一緒に、暮らさないか。
返事をくれ。あの日の続きの……」

「ごめん」
「…………」
「あのね、ゆうちゃん。
あの日の続きなんて、ないんだよ。
わかったんだ。
やっぱ私達もう、あのころの私達じゃない。
もうあの日には絶対に戻れない。
……もしも、あの日の続きがあるとしたら。
それは紛れもなく、今しかないんだよ。

だから、あの日の続きの返事。
……ごめん、なさい。

……帰ろ?
ゆうちゃん、帰る家あるでしょ?」
「……知ってたのか?」
「最初に診療所来た時、してたじゃん。
……指輪をさ……」
「……。

……ホントはさ…知ってたんだ。
一度だけね、組織に調べてもらってさ。

……その時にはもう、子供もいたんだよ。

だってのに、ねえ。
未練って嫌だねえ」
「…幼稚園からの幼馴染。
改造される前の私を覚えててくれた
……唯一の人かもしれないなあ。

……
私の老化はいつのまにか止まって、
彼は私より、ずっと年上に見えて……

彼がお爺さんになっても私はこのままだ。
彼が土の下に行っても私はこのままだ!
私の事を、私の昔を……
人間として生きてた頃の私を
知ってた人はいなくなって
人間だった私も
この世界から消えるんだ…!!」







お隣さんの庭の桜が咲いたようだ。

――いつのまにか冬が過ぎたらしい。




あれから、アイツは来なくなった。

-「幸福な日々」-

びゅう、と桜が吹き込んでくる。


私は駆け出していた。


――……。
「久し、ぶり……」
「ああ」

若干声がうわずって出た気がする。
いかん、落ち着け。

「…………」
「ずっと考えていた。
ようやくそれがまとまったので伝えに来た」
「う、うん……なんだい?」
馬鹿、何を期待してるんだ。
ええとどんな顔してれば良い!

「お前の過去など俺にはわからん。
俺の知っているお前は
悪の組織の幹部だった改造人間。
デモンクラーケンでしかない」

――。

「そして俺は
そういうモノと戦うために生まれた、
仮面ライダーだ」

――。
……。
あはは。
あはははは。

「…………そか。
うん、そう。……そう、だね――……」

ほんと、ばか。
何を、期待して、いたんだ、お前、は。
「だから、俺はお前を見届ける」

「――……え?」

「お前がいつまた悪事を働くとも限らん。
だから俺はお前を見届ける。
お前の過去など俺にはわからん。

いつか前のお前を誰もが忘れても
いつか先のお前は俺が忘れない。

お前が息絶える最期の時まで、
俺がお前を見届ける。

覚悟しろ、デモンクラーケン」
「……はは、あははははははっ!
そう、そうだな! そうだよなっ!
あんたライダーで私怪人だからなっ!

そう……だからさ……

ちゃんと、私の事見張っとけよ。

私の事、捕まえとけよ……!

目を離したら……
手を放したらっ……!

何するか、わっかんないからな……!

ふ、ふふっ……う…ははっ……

覚えてろよっ、仮面ライダー!」
「こんちはー!
ってうおおおドクターなんで泣いてー!?
お、お前か! お前が泣かせたのか!」
「ああ、俺が泣かせた」
「ぬなななな何をー!?」
「あーもうっせうっせ泣いてねーよ!」



――そういえば。
あの日もらった花が咲いていたんだ。

そう、冬が過ぎたんじゃなくて、
春が来ていたっていう、こと。


花の名前はアルストロメリア。
花言葉は――……。